独自ルールの境界線を見失うと地獄化する
開運の極意!裏話
独自ルールの境界線を見失うと地獄化する
独自ルールの適用範囲を曖昧にしていませんか?
独自ルールは「独自」の名の通り、自分だけのもの。
その適用境界ラインを見失うと、カオス化しますわ。
ちょっと前に、こんな光景を見かけましたのよ。
自販機でジュースを買っているおじさんに、幼稚園児らしい男の子を連れたお母さんが 「子どもが欲しがるからやめて下さい!」 と言いに行っているところを。
おじさんは赤の他人。 そう言われてしばらくお母さんを眺めた後、普通にゆっくりジュースを飲み干されていました。
その間ずっとお母さんは「やめて下さいって言ってるでしょ!」と声を張り上げ、手を引かれている男の子は虚無の表情。 何とも忘れられない場面です。
躾・教育・経済事情・ポリシー。 いろんなものが入っているかとは思いますが、それはお母さんの独自ルール。 他人に上から強制するようなものではありませんわね。
男の子も、自分を理由に母親が他人を独自ルールに強制的に従わせようとしている場面を何度も何度も見てきているのでは。 そんなことを想像させる表情が、とても痛々しかったのです。
独自ルールの適用範囲は、基本的に自分の中だけではないですか? 例えばワタクシの独自ルールは、「靴は左足から履く」なんですのよ。 そうしないと氣持ち悪くて、何か間違えて右足を先に入れてしまったりしたなら、改めて左から履きなおすくらい。
でも、右足から履く人に「氣持ち悪いから止めて下さい」と言ったことはありませんし、そもそも氣持ち悪いわけでもありませんからね。 強いて言うなら、「火足り=左」という風水的な理由でワタクシは左足から靴を履きますが、強制するようなことでは無いのです。
上弦の月の日や下弦の月の日のような「裸足時間を取ってほしい日」も、強制しません。 強制する理由も立場も無いからですわ。 提案ならしますけれどね。
独自ルールの適用範囲の曖昧さが生まれ、こうして他人に強制しては 「なぜこの絶対正義に従わないのか!!」 と、大きなストレスを抱えていらっしゃる方が増えていると聞きます。 大変なことですわね。
この適用範囲の曖昧さが生まれた理由のひとつには、「個人主義」の考え方があるとワタクシは思っていますのよ。 メディアが推奨した「個人主義」。 日本の精神の「和を尊ぶ」の真逆にある「個人主義」。
今まで「協調性がない」と責められてきた姿勢は、個人主義の旗印の下に全部肯定されるのですもの。
自分の時間だけを大事にしたら良い。
自分のやりたいことだけ考えていたら良い。
挨拶だってしなくて良い。
自分が困っていたら助けてくれるのは当たり前だけど、誰かが困っていても自分は助けたくない。 なぜって労力使うから。 自分が決めたルールに周囲が従うのは当たり前。 なぜって多様性の時代なんだし、自分の価値観もルールも認められるのが普通だと思うから。
「思考のねずみ講」みたいな状況がやって来ていましてね。 個人主義なんかで、世界が成立するわけがないのです。 逆に、日本が強かったのは和の精神を大事にしてきたからなのですし。 戦後復興の凄まじさなんて、和を尊ぶ精神が無かったらあり得ませんでしょ。
昔は「私利私欲」と表現してとことん軽蔑されていた思考姿勢は「個人主義」と表現が変わりました。 そして「いいんだよそれで」を繰り返した結果、あちこちで自分に都合の良い拡大解釈が横行しては、他人に強制するということが発生していますわね。
敢えて政党名は申しませんけれど、政治でも似たようなものがありますでしょ。 「それが成立するならすごいけれど、現実的に誰かの犠牲が無いと成立するわけがない絵に描いた餅。」 私利私欲にまみれた人しかいない世界なんて、結局は自分の欲を通し続けることなんか不可能です。
自分の独自ルールの適用範囲は世界に及ぶのが当たり前。 この錯覚を起こすようになったら、迷惑でしかありません。 言うまでもなく、悪徳です。
周囲を見渡して、それから考えてみてほしいのですが、 「今は個人主義の時代なんで」 と簡単に言う人は、視野が極端に狭くないですか? 目の前にあるものに氣づかない。 事務仕事で同じミスを繰り返す。 道で、横から出て来た自転車や歩行者に氣づかない。 同僚の体調が悪そうなことや、激しく氣落ちしていることに氣づかない。 心当たり無いですか?
利他の精神があると、何が周囲にとっての「利」なのかを考えなければいけないので、五感をフルに生かして観察しようとする姿勢がセットになります。 相手の過去の言動も、簡単には忘れません。 貴重なデータですからね。
個人主義に走れば走るほど、観察しようとしなくなりますし、相手の言動やエピソードなんかどんどん忘れていきます。 脳が無用なものと判断するからですわ。
こういう、無用なものと判断をしたデータを切り捨てていった結果、世界には自分の価値観とルールだけが残りますからね。 独自ルールを強制して、何が悪いのか と。 この構造は恐ろしいと思いますわよ。
想像力も無くなりそうですね。個人主義は。
すべては繋がっていて、
偶然はないのです!
仏教の有名な説話「三尺三寸箸(さんじゃくさんすんばし)」ってご存じですか? 1メートルの箸を使って食事をさせられるのですが、地獄の人々は何とか自分の口に運ぼうと、それだけを考えて結局食べられずに飢えてしまう。 一方、極楽の人々は、その長い箸で向かいの人や隣の人に食べ物を「どうぞ」と食べさせてあげることで、自分も満ちる。 個人主義というのは、この地獄の人の行いに重なりますわ。 限られた時間やエネルギーを、自分にだけ使おうとするのですからね。 その結果、あらゆるものを見失って、暴走した主張をするようになるのでは。 個人主義は、心の麻薬だとワタクシは思います。 一切他人に氣を使わなくて良いという方向性の生き方を、全て肯定するのです。 ついでに「自分らしく」という表現の拡大解釈も、挨拶無しも許される。 勤務時間外と判断したことは、全部切り捨ててプライベート重視でOK。 ラクチン!!!! 一度はまったら抜けられない、心の快楽だらけの都合の良い環境。 なぜこの真逆の「和を尊ぶ」を日本が建国以来の柱にしてきたのか。 なぜ日本は尊敬されてきたのか。 個人主義には生産性も無ければ、今回の冒頭でお話ししたような独自ルールが、国民の数だけ乱立するからではないですか? 目の前で作業が進まずに困っている人がいて、自分が手伝えることであっても、退勤時間順守でさっさと帰る。 何も間違っていません。 今はコンプライアンスが~うんぬんの時代だから!! な~んてものに振り回されて、自分の生活環境を地獄にした結果は、誰も自分を助けてくれない世界が待っているわけです。 でも、国民の数だけの独自ルール発生を容認する流れですからね。多様性の時代とかもあります。 なので、自分が助けてもらえないことには「おかしい!」と不満を訴えるということも起きてきますでしょ。 二人三脚で走る時に、一方が好き勝手走っていたら転ぶか、それともパートナーが滅私状態で合わせるしかありませんわね。 集団の中で生活や社会活動をしているのに、個人主義なんてあり得ないのですが、これを認めようとするから独自ルールを押し付けて来る人も出現してくるのではないかしらね。 「うちの子が欲しがるから、自販機利用禁止!」 なんてこと言う人が。
まとめ・Q&A
- 独自ルールとは何ですか?
-
独自ルールとは、自分の中で決めている習慣・価値観・こだわり・家庭内の方針などのことです。
それ自体は悪いものではありません。
問題になるのは、そのルールを赤の他人や社会全体にまで当然のように適用しようとする時です。 - 独自ルールはどこまで適用して良いものですか?
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基本的には、自分自身の行動や、自分が責任を持てる範囲までです。
家庭内のルールであっても、他人にまで強制するものではありません。
「自分はこうする」と「他人にもこうさせる」の間には、大きな境界線があります。 - なぜ独自ルールを他人に押しつけると悪徳になるのですか?
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他人の自由・時間・選択を、自分の都合で奪うことになるからです。
本人は正義のつもりでも、相手からすれば一方的な支配や迷惑行為になりかねません。
自分の都合を世界の基準のように扱う姿勢は、和を壊す原因になります。 - 「子どもが欲しがるからやめて下さい」はなぜ問題なのですか?
-
子どもにジュースを買わない方針は、その家庭のルールです。
けれど、赤の他人が自販機でジュースを買うことまで止める権利はありません。
本来は、子どもに「うちは買わないよ」と伝える場面であって、他人を制限する場面ではないのです。 - 個人主義と独自ルールの押しつけはどう関係しますか?
-
個人主義を都合よく解釈すると、「自分の価値観はすべて尊重されるべき」という方向に傾きやすくなります。
その結果、自分のルールを他人が受け入れて当然という錯覚が生まれることがあります。
本来の尊重とは、他人にも他人の領域があると理解することです。 - 多様性の時代なら、独自ルールも認められるべきではありませんか?
-
独自ルールを持つことと、それを他人に強制することは別です。
多様性とは、互いの違いを認め合うことであって、自分の価値観を周囲に押しつける免許ではありません。
自分の自由を大切にするなら、他人の自由も同じように大切にする必要があります。 - 独自ルールを押しつけないためには、何を意識すれば良いですか?
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まず「これは自分だけのルールではないか」と一度立ち止まることです。
そして、相手に求める前に、自分が対応できることはないかを考えること。
提案はしても、強制しない。
この境界線を持つだけで、人間関係のカオス化はかなり防げます。 - 利他の精神は、なぜ大切なのですか?
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利他の精神があると、周囲を観察し、相手の事情や状態を考えるようになります。
その積み重ねが、思いやり・協力・信頼を育てます。
自分だけを優先する姿勢が広がれば、誰も助け合わない地獄のような環境になってしまうのです。 - 和を尊ぶとは、自分を我慢させることですか?
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和を尊ぶとは、自分を消すことではありません。
自分の考えを持ちながらも、周囲との関係や場全体の流れを見て行動することです。
好き勝手に振る舞うことでも、滅私奉公することでもなく、互いに生きやすい形を探す姿勢です。 - 独自ルールの境界線を見失うと、なぜ地獄化するのですか?
-
それぞれが自分のルールを世界基準のように主張し始めると、社会はまとまらなくなります。
助け合いも譲り合いも消え、強い主張をした者同士がぶつかるだけの環境になります。
三尺三寸箸の説話でいう地獄のように、自分だけを満たそうとして、結局誰も満たされない状態になるのです。

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