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相手の立場になれば良いわけではない
開運の極意!裏話

相手の立場になれば良いわけではない

道徳の授業を学校教育から無くそうという動きがあるのだとか。 学力向上の役に立たない、無駄時間だからなのだそうです。 そういう主張した人こそ、必要でしょうねぇ道徳の授業。 道徳という、人として不可欠な姿勢を身につける授業と 学力が多少上がるかもしれない機会とを引き替えにしたいと思うほど 学力コンプレックスでも抱えていらっしゃるのかしら。。 道徳意識は、開運の根幹を成すものですわ。
前回の裏話、覚えていますわよ。
決してハチャメチャを狙っているわけではありません☆


前回は「自分がされてイヤなことは、相手にもしない」


今回のテーマは「相手の立場になれば良いわけではない」
おかしな解釈をする人というのはいるもので、

「自分がされてイヤなことは、相手にしちゃいけません。」


と注意されると、

「私は別にイヤじゃないので、やっちゃったんですけどね♪」


と、正当化が発生する場合が。。
あくまで、「自分がされてイヤなこと」は最低限の判断基準。

イヤじゃないなら、何でもやって良いわけじゃないです(笑)。


だって、価値観や感性には個人差があるのですから
自分がOKでも相手も絶対OKとは限らないではありませんか。
それでも、相手への氣遣いは自分の感性がメインになりますし、
そこでハズしてしまったのなら、誠心誠意ごめんなさいしか無いのでは。

「私は別にイヤじゃないんだから、イヤがる方がおかしい!」



わけ、ないでしょ?
仮に、自分の感性の方が圧倒的多数派で、相手が少数派だったとしても、
イヤだと感じさせてしまったのなら「ごめんなさい」ですわよ。


そして、2つ学習しましょう。

●この人は、その行動をイヤがる人だということ。

●その行動をイヤがる人もいるということ。
それでも発生しやすいのは、


「なんで?どうして?」攻撃


です。


「なんでイヤなの?どうして傷つくの?
 普通は。。」


と大騒ぎして、結局は正当化を狙う行い。
傷ついたりイヤがったりする方が悪いかのように
印象づけるのですからね。

一種の攻撃と言えますでしょ。


こういうことを処世術と考える人もいるようですが、
処世術と言うにはアンフェアが過ぎると思いましてよ。
そもそも、自分の失敗に関して相手を貶めることで保身を図るのは、
その構図が周囲に見えた時には取り返しのつかないほど
立場も信頼も失います。



そんなリスクの高いゴマカしよりも、
素直に学びの機会にした方が、真の意味で自分のためでしょうね。


立場的にも、運氣的にも♪
「自分が氣にしないものだから、つい。。」

と言うのと


「自分なら氣にしませんけどね!」


と言うのとでは、全然意味が違ってきますものね。( ̄▽ ̄;)
何なら、自分の無神経さを正当化するために、


本当は自分がされたらイヤなことなのだけれど、
敢えて「自分なら氣にしないのに」と言ってしまう



という可能性も考えると、


自分なら氣しにません!
は、何の免罪符にもならないものに位置づけた方が良いでしょうね。
逆、必ずしも真ならず。

と申します。



「他人にされてイヤだったことは、自分はしない。」

これは基本になることではあります。


けれどそれは、

「自分はイヤじゃないから、他人にやって良い」

では無いですわね。

当たり前ですわね。
「自分だったらどうなのか」

「自分が良くても他人はイヤがるかも」

どちらにしても、想像力が必要ですよね。
その想像力が情操と言われるものなんでしょうね!


そういうものは保身のために使っていては
全く意味がありませんよね!


すべては繋がっていて、
偶然はないのです!
徳の時間はとても大事。
開運の鍵は、そういうところに隠されていますわ。


今回は『相手の立場になれば良いわけではない』でした♪


「自分が大事に感じないことは、他人も大事に感じない。」

とは限りません。


逆に、「自分が大事に考えることは、相手も当然大事に考えている。」
とも限らないのです。



値観のズレが生じた時に、意図せず攻撃したことになっていたとしても

「私なら重要視しないのに」

と相手がおかしいかのような主張で正当化するのも。。


一方で自分の神経に障る経験をしたからと言って
ことさらに被害者・弱者という主張をして相手を猛攻撃するのも。。


どちらも美しくないと思いませんこと?



レが生じたら、お互いに歩み寄ったり理解し合ったり、
すり合わせの好機ではないかしら。

「私は氣にしないけど、イヤがる人もいる。。
 私は無神経だったかもしれない。」


「私はイヤだけど、氣にしない人もいるのね。。
 私はちょっと神経質なのかもしれない。」


そういう模索の中で、周囲から見た自分像を
浮き彫りにする作業をしていくことって、とても大事だと思いますのよ。



「私の事情はこうなのに!!私は私は!!」

の主張は、社会性に乏しい姿勢。

皆がそんなだと、争いしか生まれません。


「相手はこうだったのかな?
 私の行動は、思わぬ意味を持ったかもしれない。」


の模索は、真の和を作って更にその和の質を高めていくと
思いましてよ。

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