失ったものより大きな幸せを、未来で手に入れられますか?
フェムトの風水相談
失ったものより大きな幸せを、未来で手に入れられますか?
フェムトの回答
ワタクシね、昔は自分への理不尽がミリ単位でも発生すると、消化出来ずに苦しんでおりましたのよ。 ワタクシは高校から自分で学費から何から準備する必要があったのに、なぜ妹は学費どころか入学祝いに70万円と、受験頑張ったからと100万円相当のキーボードを買い与えられているのかしらとか。 このテのエピソードは数えたらキリが無くて、当時は散々苦しんだものです。 ご近所の仲良くしていた大人に、「何か悩んでいるなら聞くよ。」と言われて、初めてこの姉妹不公平感を言ってみたのですが、笑ってこう言われました。 「あなたね、うちの子たちも『おねえちゃんばっかり』『妹ばっかり』って文句言ってるよ。どこの姉妹兄弟も同じような不満を持つのねぇ。大人になったら分かるよ。」 子どもだったワタクシにとって、大人がこんなにも解釈力が低いどころか、大人であることの演出で心地良くなるために子どもの悩みを利用するだなんて想像もしていなかったので、何かと衝撃だったものです。 あなたの娘たちの不満とワタクシの待遇が同じに聞こえますの?と。 それはよっぽど。。。。(以下自粛) で、大人になって久しいワタクシですが、あの扱いが普通とは今もなお全く思いません。 思いませんし、過去の経歴のひとつではありますが、まぁ本当に過去の経歴のひとつに過ぎないと思っていますわ。 今のワタクシはどうかと申しますと、されたことはされたこと。 ですが、感謝すべきところもたくさんあるのです。 反面教師なところも含めて、ワタクシの価値観が育ったこと。 まず成人できたこと。 それに、仕事に拘束されてワンオペな面もあったことを考えると、ワタクシに八つ当たりしたかったのかもとか、そういう氣にもなっていますわ。 とにかく強さは手に入れた。 それは、あの環境で育ったからです。 そして、強くならなければ生きてこられなかったからです。 ワタクシは、親が弱かったために妹を引き受けさせられた挙句に自分の家庭を失ったわけですが、もはやどうでもいい。 ワタクシね、欲しい時に欲しい愛情を母からもらえなかったかもしれないけれど、母以外の人たちはそうでも無かったと氣づいたからですわ。 皆、そうそう全否定してくるわけでもなく、良いところは良いし悪いところは悪いと言ってくれる。 それなら、自分が出来ることを伸ばして、周囲に有用になっていけば自分の立ち位置は作っていける。 そう考えたのです。 親が愛さなくても、世界の誰かが愛してくれるならそれで良い。 愛されるに値する自分だったと氣づけるなら、それで良い。 あやもんさんが、どのような虐待を受けられたのかは分かりませんが、きっとつらかったのだと思いますわ。 そのつらさが真実でしょう。 そして、親御さんへの感謝は誰かに要求されてするものではありません。 感謝できる部分を、あやもんさん自身がいつか見つけられたなら、それによって楽になることはあるかもしれない。 だから、もし自然に見つかるなら大事にしてほしい。 でも無理なら無理で良いのではないですか? 無理やり感謝をひねり出す必要なんてありませんわ。 人生の前半、大変な想いをされた。 でも今、きちんと愛してくれる人が隣にいらっしゃる。 それは勝ちだとワタクシは思いますけれどね。 何の苦労もなく育って、仕事も家庭も、あやもんさんから見た理想を実現している方はたくさんいるでしょう。 逆に、何の苦労もなく愛情いっぱいに育って、けれど何も実現できないと悩まれている方もたくさんいるのです。 PTSDを発症するレベルの体験も、家庭では無かったとしても学校や職場で遭遇している人もいますからね。 で、これはあくまでワタクシ自身についての話ですが、自分のあらゆる人生の体験は 「所詮は乗り越えられる程度の出来事だった」 と思っています。 実妹と駆け落ちされたけれど。 家を買えるくらいの借金を押し付けられたけれど。 乗り越えられる程度のことだったのだと思うのです。 なぜなら、今ワタクシはこうして生きていますし、幸せ実感なことが多い日々ですからね。 経験はコヤシであり、プロフィールである。 そう考えた時に、かなりいろいろ楽になった感がありますわ。 ほとんどの方が、実妹に夫と駆け落ちされていませんし、金利だけで月給を大きく超えるレベルの借金を押し付けられた経験も無いでしょう。 では、ワタクシはそういう「ほとんどの方」を恨むかと言えば、その感情は全く想像が出来ないんですのよ。 なぜなら、その「ほとんどの方」がワタクシを苦しめた元凶ではないからです。 離婚した当時、離婚ということに周囲の理解は低く、そのために離婚したくても踏み切れないとか、離婚したことで人生を諦めてるとおっしゃる方が非常に多かったので、ワタクシはHAPPY STEPというメルマガを配信し始めました。 Magic Wandsの地盤のようなものです。 離婚はハンディキャップなんかじゃない。 そもそもワタクシでさえ、幸せだと思える人生なんだから、皆はもっと簡単に幸せになれるんですよと言いたくて始めたこと。 ワタクシは、人生をひとつの劇と考えていますのよ。 地元にいた時を第一幕。 大阪に出てきて結婚して、夫に駆け落ちされるまでが第二幕。 風水に出会って師匠に鍛え抜かれる第三幕。 Magic Wandsを創業して皆さまと歩むようになった第四幕。 こうしてみると、ふたつ前の幕のことがあまりにもど~でもいいんです。 もう一度同じ経験はしたくないけれど、第一幕と第二幕が今のワタクシを作っていて、そんなワタクシに 「出会えて良かった」「生まれてきてくれてありがとう」 と言って下さる方が、こんなにいらっしゃるんですもの。 世界でひとりワタクシをいじめた身内がいたから、何だと言うんです?と思っています。 そしてね、あやもんさん。 「失ったものよりも大きなものを手に入れない限り、自分は損を負わされた人生だ」 ここから、少し離れてみても良いのではないかしら。 失ったものと、これから手に入れるものを秤に載せて、未来の方が重くならないと人生として負け。 そんな計算をしなくても良いと思いますのよ。 失ったものの中には、取り返せないものもあるでしょう。 年齢。 当時しか出来なかった経験。 過去に叶わなかったこと。 それを全部まとめて上回る巨大な何かを未来に設定しないと幸せになれないとなったら、未来の幸福にものすごいノルマを背負わせることになります。 それ、未来のあやもんさんが大変でしてよ。 「失った分を取り返す」ではなくて、 「これからの私は、何が好き?」 「何があると嬉しい?」 「誰と一緒にいたい?」 「どういう時間を増やしたい?」 そこからで良いと思うのです。 失ったものより大きな目標なんて、探さなくて良い。 これから手に入れるものは、過去への賠償金ではありませんからね。 あやもんさんの未来は、あやもんさんが幸福になるためにあるものです。 それから、心の整理がつくまで無理に他人の幸せを願わなくても良いんじゃないですか? 無理なものは無理でしょ。 必要だった支援を受けている人を見て羨ましい。 自分が欲しかったものを持っている人を見てつらい。 今はそういう氣持ちになる。 それなら、それで良いと思いますわ。 その人たちを攻撃するのでなければ、心の中でまで聖人でいる必要なんかありません。 でも、今置かれている日々の中にある幸せには、ぜひ氣づいてほしいと思います。 そして、その幸せを一緒に作ってくれているであろうパートナーへの感謝の想いがどんどん膨らんでいったら。 そのうち自動的に、周囲の人の幸せも心底願える時が来るかもしれない。 祝福できるようになるかもしれない。 来なかったら来なかったで、それを無理に課題にしなくても良いでしょう。 大事なのは、他人を上手に祝福できる人になることではなく、あやもんさん自身が幸せになることです。 まず、そこです。 そしていつか、 「いろいろあったけれど、この人生、案外悪くなかった。」 と思えるところまで行けたなら。 失ったものとの大小比較なんて、その頃にはどうでも良くなっているのではないかしら。 そんな未来を、ぜひ狙って頂きたいと思っていますわ。
まとめ
- 失ったものより大きなものを手に入れなければ、幸せにはなれないのでしょうか?
- 失ったものと、これから得るものを比較して、未来の方が大きくなければならないと考える必要はありません。これから手に入れるものは、過去の損失を埋め合わせるためのものではなく、これからの自分を幸せにするためのものです。過去への「賠償」として未来を考えないことが大切です。

フェムト
夫が莫大な借金を残して実の妹と失踪!二人の子供を抱え途方に暮れた、もはやどん底?というところから、風水の力で復活した不死鳥系ライター。ねこが大好き。12月6日生まれ。
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