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祈りの力・その2 | 開運の極意!裏話 | 開運パワーストーンアクセサリー Magic Wands(マジックワンズ)

開運の極意!裏話

祈りの力・その2

前回、祈りの力の存在を証明する実験取り組みの内容を ご紹介しました。 今回は、その反証実験などもご紹介してみようと思いますわ。 (その1その3
心理学の実験でも、本当によくある後味悪いもの。

実験は何かを大きく犠牲にするものも多くて。

昔、ある大々的だけれど秘密裡に行われた実験に
学生アシスタントとして参加したことがありますが、
それは子どもの価値観が歪められてしまうものでした。
「歪められてしまった子たちをどうするんですか!」
と食って掛かったワタクシに、
実験の責任者はにっこり笑って言ったものです。

「大丈夫ですよ!プロが責任をもってひとりひとりフォローします。」
まるで幼い子に諭すようにそう言って帰されました。

データ収集と解析で高い評価を頂いていたので、
どんなに面倒くさかっただろうことを言っても
アシストに呼ばれ続けましたが、何の疑問を持っても抗議しても

「大丈夫なんですよ本当に。」

という返答であしらわれました。
実際、大丈夫じゃないケースの抽出のための実験ですから、
大丈夫なわけがない。

おっしゃるフォローとやら、大人数相手にどうやって?と思ったものです。

人の価値観を歪めるのは簡単。整えるのは難しいので、
歪めるのは大人数相手に一度のことで可能
ですが元に戻すのは個別対応が基本的に欠かせないのですわ。
前回ご紹介した実験でのワタクシの違和感は、
これはもう完全に感情論であることを先に申し上げますが

癌患者さんを二つに分けたチームの片方を祈らないと決めた
そのシビアさです。

まるで切り捨てるような、そのやり方はどうなのかと。
祈らない方のチームに入れられた人の氣持ちを考えたことがあるのか。
遺族の氣持ちはどうなのか。
そんな実験が許されるのか。

これがワタクシの感情論の部分。

実験から出た結論は尊いけれど、そのやり方がイヤ。
はいこれもワタクシの感情論。
この感情論に対して、昔ワタクシをあしらった
実験担当者ならこう言うでしょうね。

●癌患者の実験は二重盲検法(医者も看護師も患者も知らないこと)かどうか
 明らかにされていないけれど、心臓病患者の実験は二重盲検法と言っている。
 患者も遺族もどうやって傷つくんですか。

●2チームに分けて片方を祈らないことに決めたと解釈するから
 切り捨てイメージが強まるのです。

 全体の半数の患者を選んで、祈る人をつけたと考えるのが
 実験の進行の上で現実的でしょう?

●そもそも祈りに力があるのかどうかを調べるための実験なので、
 力があると分かっていて祈りを避けたなら切り捨てですが、
 それが不明な状態で切り捨てだ見捨てたのだとなぜ言えますか。

●祈られるチームに選ばれなかった患者さんの身内が祈るのは自由。
 特に制限していない。なぜならシークレット実験だったのだから。
 他人が勝手に誰かの治癒を祈ることは他人の自由です。
ワタクシの感情論の部分なので、こう理路整然と言われても
違和感や不快感はぬぐえません。

一度感情論にスポットライトを当てると、
理屈をはねつける精神環境を作ってしまうので、
データを扱うには不向きですわね。
開運学は統計学であり、
その上に心理学と科学を乗せたものです。

そこを踏まえて措置を取るのが風水。

昔の経験から個人的な過敏スポットになっているとは言え、
実験方法や流布している実験報告の文章表現につっかかっては
本題からはずれ過ぎます。
統計データの取り方に、もう少し何か別の方法は無かったのか
と思うことも多々ありますが、そういう感情論と
実験結果のデータの尊さは別ですわ。


このコーナーは学問の場ですので、
ワタクシは自分の感情論を非常に邪魔だと考えます。
効果の有無の確認の実験データの検証において、
実験方法の倫理観は宇宙の彼方レベルの別土俵だからです。


2個ずつリンゴが入った皿が3つ。
リンゴは全部でいくつ?という問題があったとして、
「6」という数値よりも、その答の出し方が
足し算なのか掛け算なのかに必要以上にこだわるようなもの。
足し算で計算した人に「掛け算のスキルは無いのか!」とがっかりして
日頃の勉強法だの取り組み姿勢だのへの不満表明を続けていたら、
「6」という答えから始まる話は遠ざかるのです。


これが感情論を邪魔扱いする理由。

この喩え、データ解析系を生業にしている人たちに話すと
毎回両手でぶんぶん握手してもらえるほど喜んで頂けるのですが、
日頃からいかに感情論が解析の邪魔をするか痛感なさっているからこその
反応なのでしょうね。
また、今回は実験方法に関する倫理観の運氣的立ち位置は
テーマではありません。

実験結果として出された数値についての情報共有がテーマ。
実験結果のデータがテーマです。
祈りの力の存在を認定するかどうかを考える
きっかけにして下されば嬉しいですわ。

先週も申し上げましたが、ワタクシは「ある」と思っていましてよ。
さて、今度は「祈りの効果は無い」とした実験をご紹介しましょう。

米誌ワシントン・ポストやヘラルド・トリビューンに掲載され、
日本では朝日新聞と京都新聞に載ったようです。
対象者は心臓バイパス手術を受けるために
6箇所の病院に入院していた1802名。

この1802名は3つのグループに分けられ、
このうち2つのグループは祈られるグループとなった。

祈られる2グループのうちの片方には、
自分たちが祈られていることを知らせ、
もう片方には「祈られるかどうか不明」と伝えられた。
祈りの条件は以下の通り。

 ●祈りは3つの教会に所属する信者が行うこと。

 ●祈られる患者のファーストネームとファミリーネームの頭文字
  例えば、ビル・Sなどを祈りの言葉の中に入れて行うこと。

 ●「手術が成功して早く回復し、合併症が起きないように」を
  祈りの文言の中に入れて行うこと。

 ●それ以外は各教会の自由。
手術後30日経過してからの対象患者の病状は、
祈られた患者とそうでない患者の間に統計的に有意な差はなかった
と結論を出した。

むしろ自分が祈られたことを知っていた患者の方が、
知らなかった患者よりも合併症の発症率が数パーセント上回った。

この合併症の発症率について、論文の執筆者は
それが偶然の範疇の可能性も否定出来ないとした。
この内容の記事、『朝日新聞』の見出しは「“祈り”の効果なし?」と
疑問符入り。
『京都新聞』は「祈りは病気回復に効果なし」と断定していたもよう。

ですが米誌系では同じ内容を「効果あり」のデータとして
紹介していたという話もあります。

効果ありになる実験結果とは思えませんが。。
この実験の詳細がこれ以上分からないのですけれど、
これ以上のデータが無いものとして前回ご紹介した実験と比較しますと、

 ●人数は多いけれど祈った期間が短い可能性がある。

ということが否めません。

手術後30日の時点での健康状態を比べているのですが
手術の一か月前から入院して、即実験スタートしたとして
期間2カ月です。
祈りの力はあると結論づけた、前回ご紹介した実験の期間は
癌患者さんの例で6カ月。
心臓病患者さんの例で10カ月。
デューク大学の実験で6年です。

期間を近づけないことには、反証実験としては弱い。
また、心臓病患者さんの実験では患者一人につき5~7名の祈る人
がついたわけですが、今回の実験では不明。

反証なら、同様に5~7名の祈る人体制での10カ月後の健康状態で
比較しないと、あまり意味はないかと思われますわ。
反証としては弱い。


つまり、祈りの力は強くて願いが叶いやすくなる確率が上がる
ということに対して、正解とする実験結果が多く、
不正解とする実験には欠点が見受けられるということ。
前回のお話でも、実験を成功率のパーセンテージが高いと
申し上げていますわね。


開運というのは、成功率の高いことを積み上げていくところに
答があります。

祈りは、祈らないよりも成功率が上がるという結果がいろいろ出ている以上、
祈った方が良いことをまず知っておきましょう。
「とうとう神頼みか」なんて揶揄してくる人もいるかもしれませんが、
それは祈る力のもたらす可能性を知らない人。


祈りで失うものは思いつきませんから、
惑わされることなく祈りの機会を大事にしていきたいものです。
可能性が上がることを積み重ねる大事は、言うまでもないですね。

勉強も仕事も何かの技術習得も、あらゆることに適用されます。


すべては繋がっていて、
偶然はないのです!
のコーナーに学びに来ていらっしゃる方に
わざわざ注意するレベルのことでもないのですが。。

デリケートキーワードが散々登場していますので、
くどいくらいに念押ししておきます。

読み取るべき部分を誤らず、きちんと読みこなして下さいね。


しも本文の内容よりもキーワードに脊椎反射する精神状態でしたら、
これはもう疲れている時にはよくある精神状態ですので、
今は無理に理解しようとするのをやめて、内容まで心が向くようになってから
開運学のこのジャンルに関しての学びを再開なさった方が良いのです。

焦るより、急がば回れ。


次号に続けます。