特設ページ 下弦の月 ~調和とバランスの日~

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利用するだけの縁が生む運氣ダメージ
開運の極意!裏話

利用するだけの縁が生む運氣ダメージ

「この人のこと、好きにはなれないけど  利用価値はある人だから取り合えず繋がってはいる。」 そんなことを思われていたらどんな氣分になられます? 積極的に助けようという意識は持てないものではないかしら。 実は食べ物も同じことなのです。
「あの人、好きになれないんだよね~。
 でも、弁護士だから・医者だから・不動産屋さんだから
 ・その他●●だから、縁は切らない方が有利じゃない?」

弁護士・医者・不動産屋の友人は持っておいた方が良いとは
よく言われますので、例に挙げてみました。
まぁ何でも良いのですが、何らかの利用価値があるから
自分には合わないけど繋がっているよ!と
どこかで言われているのを聞いてしまった時、
その人を積極的に助けたいと思いませんでしょ。

何なら、こっちからその縁は願い下げ
という氣分になられるかも。
まさかと思われるかもしれませんが
食べ物も同じことでしてね。

苦手で仕方ないんだけど、健康のためには我慢!
なんて意識で食べているものからの応援は
あまり期待出来ないんですのよ。
上の例で申しますと、例えば医者。

ワタクシの知人の共通した答えは

「皆、お近づきになっておけば便利って感じなのが
 透けて見える。
 そういう人には、何かあった時には
 適当に大きい病院を紹介して終わり。
 
 健康相談持ちかけられたら、外来に来てくれって言ってる。」

氣持ち、とても分かります。
「今、自分は無料でなんでも相手を使える!
 質問に答えてもらえる!
 動いてもらえる!」

と前のめりな人の姿は、目のやり場に困るもの。
そしてその本音はエネルギーを削ってきますからね。
食べ物も、
「●●は嫌いなんだけど、健康のためなら我慢して
 最小限の量を飲み込んでます。」
という人のために、働こうとはしません。

医者がよその病院を紹介したり外来に来いと言ったり
その程度の働きしか期待出来ないのですわ。
自分の脳が「嫌い」と拒否しているものの成分を
体が受け入れる量のパーセンテージは低いですからね。

「食べ物に意志があるわけじゃなし、
 そういう怪しげな話されてもさ~」

と思われるなら、この視点で解釈して下さいね。
そもそも風水はこんな感じで成立している概念です。

「脳が拒否すると、効果は激減する」
  ↓
「食べ物が働いてくれませんよ(風水)」
昔から、「好き嫌いは品の無いこと」とする考え方があります。
昨今では「嫌いなものを無理して食べなくて良い」という考え方も
台頭してきたように思います。

今回のテーマには、どちらもはまりますわね。
食べ物を残す(量の問題でも好き嫌いでも)のは
食べ物全体を敵に回し続ける運氣ダメージ。

食べ物の好き嫌いを言うのは
その食材を敵に回し続ける運氣ダメージ。

残さず食べる・好き嫌い言わない・
せめて苦手過ぎる食材からエネルギーをもらおうとしない。
理想は「食べ物を何でも美味しく食べること」に他なりません。

それは、優れた人脈を多方面に確保しているようなものですからね。
子どもの頃、親御さんが何とか好き嫌いを克服させようと
あの手この手を使われた経験はありませんか?

自分がなぜその食材が苦手なのかを考えてみましょう。
におい?食感?色?形?生育の環境?
これが見えてくると、工夫する余地も出てきます。
ありとあらゆる思いつくことを試しても好きになれないなら
取り合えず「保留」で。

保留の間はもちろん、エネルギーを期待通りに
もらえるわけじゃありませんが

「嫌い」→終了
よりも
「保留」→好きになる可能性あり

の方がまだ良いので。
何でも美味しく食べるのが、
食材への最低限の礼儀だと思いますよ。

すべては繋がっていて、
偶然はないのです!
タクシは、好き嫌いが多い人との食事は好みません。

苦手食材の悪口を言う人との食事は、可能な限り避けます。

「あれ嫌いなんだよね」な食材を3つ以上話題にした人には
「良い年齢して。。」と言います。笑

レルギーでも無い限り、食材の好き嫌いに関しては
理解が全く無いワタクシは、「良い年齢して。。」の釘差しに対して
逆恨みするならそれまでのこと。
「あぁ、このままではいけないな。」と氣づいてもらえたら嬉しい。
そんな姿勢でおります。

理法に関しては本当に好みですから、料理してくれた人への感謝は
蔑ろに出来ませんが、お好きな料理法にこだわることに関して
基本的に運氣ダメージはありません。

ですが、食材に関しては常に味方でいてもらえる関係性を
大事にして下さいね!

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