必要な時に悪者になる
開運の極意!裏話
必要な時に悪者になる
問題解決の一番の障害になるのではないかと思うのが、
「善人だと思われたい」
という欲なのではないかしらね。
それも、周囲の人全てに。
今回の「善悪」の概念は、運氣的な「善悪」表現ではないのです。 決して、「必要な時に悪徳を積もう!」なんて 馬鹿なことをそそのかすのではありません。
これ、あらかじめ念押ししておきますわよ!!
全世界の人に「善人」と思ってもらおう。 周囲の人間すべてにとって「善人」であろう。 これは実は、最も愚かな選択と言えます。 なぜなら、誰かにとっての「善」が 別の人にとっての「悪」になることは とても良くある話。
例えば、短距離走のレースに出場するAさんに 「頑張って!1位取ってね♪」 と言われたら、応援されたAさんにとっては「善」。 けれど、同じレースに出るBさんにとっては 「2位以下にあまんじなさいね。」 という意味にすらなってしまって「悪」。
「そんなこと考えてたら、誰かを激励ひとつ出来なくなる!」
とか、逆切れしちゃいけませんわよ。(笑)
そうではなくて、誰かにとっての善悪評価は
立場が変わればひっくり返ることも良くあるので、
全部「善」にすることに執着するのはナンセンス。
そう申し上げたいのですわ。
その何が問題かって。。 例えばトラブルが起きて、夜も眠れないくらいに悩んで 解決したいと心底願っている方がいるとしますわよ。 そうですわね。。 例えば、会社の同僚のAさんに 自分がとてもとても大事にしているものを 貸してほしいと言われたとします。 貸したくない。返って来ないかもしれない。 でも、貸さなきゃいけない空氣。
とても大事にしているものとは、 亡くなった祖母が成人式のお祝いにと買ってくれた櫛。 同僚のAさんは、とても無責任で知られる人。 「大事なものだから貸せない」 と一度は断ったけれど 「いいじゃない!すぐ返すし。 たった3時間くらいのことよ?」 職場に響き渡るような声でそう言われた場合。 どうしますか?
ワタクシだったら「それは貸せない。短い時間でも無理。 祖母はワタクシ以外の人間が使うことを想定していないから。」
と言うところです。 別の櫛を持っていれば「もうひとつの方なら貸しても良いですけれど。」
と提案するかもしれません。
Aさんに「ケチ」と言われようと、 他の同僚たちに「櫛ひとつで大袈裟な」と言われようと、 贈ってくれた人間が既にこの世を去っていようと。 自分の中の「この櫛は誰にも貸さない」ルールを 死守することでしょうね。
けれど、対人トラブルなんかで解決法が見つからないと 悩み続けるタイプの人の多くは、ここで貸してしまうのです。 なぜって、相手にケチだと思われたくないから。 同僚に狭量だと思われたくないから。 そして、櫛をなかなか返してもらえなくても 強く催促も出来なかったりします。 強く催促している姿が、善人には見えない可能性が どうしても頭をよぎるから 「事を荒立てたくない」 という表現のもと、相手が自然に返す氣になってくれるという 理想ファンタジーに逃避して、それが現実化しないことに 苦しんでしまうのですわ。
「大事なものを貸したら、返してもらえなかった。」 と相談されれば、ワタクシは「期日を切って返してもらうように交渉。 それが無理と言われたら、理由を確認すること。 悪質な場合は、第三者を立ち会わせる。 もっと悪質なら、相手の大事なものを担保にする。 究極に悪質なら、法を適用する。」
といったことを提案するかと思いますが、 解決が得意でない方というのは、大概ここで デモデモダッテを炸裂させてしまいますの。
「何もそこまでしなくても」 「普段は良い人だし」 などなど、言い出してしまったり。 「そこまでしなくては」返そうとしていない現実は? 「普段良い人」かどうかは、この件の解決に無関係では? この、デモデモダッテが極まると、相談相手に矛先が向かうことも。 「私はそういう人間じゃないから」 「あなたみたいに強かったら最初から困らない!」 とかね。
これは簡単な話で、要するに周囲の人間に良い顔を貫いて 櫛を諦めるのか。 それとも、周囲にどう思われようと 櫛を失わないことを優先するのか。 その2択です。 どちらかを選んで、覚悟を決めれば良いことでしてよ。 櫛を諦めたなら、二度と櫛のことを心の中で引きずらない覚悟。 櫛を選んだのなら、相手にいろいろ言われても揺れない覚悟。
これは、あくまで例の話なので、 「物の貸し借りの時限定のこと」 と考えて欲しくないのです。 そうではなくて、大事なものを守る時の覚悟について お話ししたいのですわ。 上の例で言うなら、 自分が櫛の返却を請求する=正当な行為で「善」 Aさんにとっては、返却したくないのに 返却を迫ってくる=うるさいので「悪」 同僚たちにとっては、事情がよく分からないけど 何か小物の返却で揉めてる?=何となく「悪」 となるでしょうけれど、返してほしければ その「悪」を全力で引き受けなければいけない時がある というお話。
子どもが学校で、教師に理不尽な暴力を受けたとして 自分にとって学校への抗議=正当で「善」 問題の教師にとって=立場が悪化するので「悪」 学校にとって=やっかいなクレーム「悪」 他の父兄にとって=無関係だからどっちでも良いし、 そもそも事情知らないけど、いわゆるモンスターペアレンツ? (だと面白いと考えたりする)「悪」 こんな可能性があるわけですが、これで自分が保身に走って 子どもが意味不明な暴力で生傷絶えない状態にも目をつぶるなら 親と言えるのかどうかすら怪しいとワタクシは思いますわ。 ここも覚悟を決める場面でしょうね。
実は、人格の善悪評価というのはお金の性格に似ていますのよ。
追えば逃げる。
他から固めると、後からついてくる。
周囲に悪人と思われたくなくて選んだ態度は、
善人と思わせるほどの力は無くて、どっちつかず。
トラブルの相手にとっては、悪人か都合の良い人間かの2択。
ワタクシはこれ、大事なものを引き換えにする値打ちがある評価とは
とても思えませんわ。
むしろ、周囲の人たちからは 「保身に走って大事なものを犠牲にする」 「ちょっと強引に押されると、何でも呑みこむ便利屋さん」 という、有難くない評価を下されるリスクすらあること。 自分の周囲でそういう出来事があったと想像してみて下さい。 言うべきことを言わず、大事なものを守らず、 ただ悩んでいる人を見て「善人」「悪人じゃない」と 判断するかどうかを。 むしろ、「なぜハッキリ言わない?」と イライラしたりしませんか?
いざという時に、相手にとっての「悪人」になれない人は、
守るべき存在を徹底的に傷つけてしまいます。
また、事情を知った周囲からは
「皆に悪人扱いされたくない」という保身の心理が見えて
結局は同情できない悪人という評価をされてしまったりします。
起きていることときちんと対峙することは
体力も精神力も必要とするもの。
だからこそ、逃げないことに価値が生まれますわ。
必要な時には「悪人」になる、しっかりとした芯を
心の中に作りましょう。
この芯は、新しいステージに繋がる柱になる
「五黄芯」でしてよ!
穏便に波風立てないことを最優先にする人は、 特定の人から敵視されることも無いかもしれないですが、 大多数の人にとっての存在感も薄くなってしまうと思うんです。 友人たちと遊びに行く話になった時に、 誘っても誘わなくても良い人間に分類されるタイプですね。 逆に、絶対にこいつは誘う!に分類される人間というのは 保身とは真逆なタイプというのが 共通しているんじゃないですかね。
政治家の態度にしても、歴史上の国同士の見解の相違で 「何だか相手が強硬に主張しているから 謝ったら穏便に済むかな?」 と考えたのか、取りあえず謝っちゃったことが どんどん問題を大きくしてしまっていますからね。 納得いかないことがあるなら、納得いくようにする。 納得いったことは、しつこく引っ張らない。 この基本こそが、真に守るべきものを守るんだと思います。すべては繋がっていて、 偶然はないのです!
大
事な物を最初からリスクにさらさない。 これが理想です。 でも、そうもいかない時がありますわね。 リスクに晒した後で、思った以上に大事に感じていた 自分の心に氣づくこともある。 知らないうちに害されたり奪われたりと、 既にリスクを抱えてしまっていることもある。そ
んな時に毅然として対処することは、 相手にとっては「悪人」でしょうね。 けれど、避ければ「善人」になるわけでもなし、 大事なものを取り返したり守ったりできるわけでもなし、 逃げて得るものは何一つ無いものです。い
ざという時に、相手に「悪人」と思われる覚悟を。 その覚悟が出来ずに逃げ出してしまった時に、 本来守られるはずだった存在が負う傷の深さは深刻。 周囲は、その瞬間の行動だけを見て 人格まで最終決定評価をしたりはしないものです。 日頃の行いの積み重ねが全てなのではないかしら?大
事なもののために、自分の芯を一本通すことは その後の生き方にも影響してくるものでしてよ。 強い行動を提案する人は、 もともとが強いから簡単に選択するのではなく、 逃げずに対峙してきた経験で鍛えられた結果だったりする 努力の成果。 それを、最初から楽して備えているかのように なじった上に、自分とは違うと訴えるのは、 解決するどころか、あまりにも不遜ですからね。(笑)逃
げない強さは、美しく生きるための強さに通じると ワタクシは思いますわ。 ちなみに、こういう時に逃げてしまった場合、 風水では「隷属の氣を帯びる」と考えられています。
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