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夢や目標の位置づけ | 開運の極意!裏話 | 開運パワーストーンアクセサリー Magic Wands(マジックワンズ)

開運の極意!裏話

夢や目標の位置づけ

夢って、極端に扱われ過ぎていると思うんですのよ。 派手な夢だけが夢ですか? 夢を諦めることは人として失格ですか? だったら夢を持たなきゃいいんですか? 売れ筋の啓発系の本って、 こういうのを順番に繰り返していますわよね。
いっとき、「女性でもとことん野心を!」系の本が
流行しましたわね。


ワタクシ、ある程度賛成です。


というのは、何か出来ないことを簡単に性別のせいにしているのを
耳にしてしまうと萎えるから。。( ̄▽ ̄;)
ある人の話を伺っていて、
それはその方本人が動いて解決するのが
最も早いと思って、そう言いましたら。。。。


「だって!私は女なんですよ!」

と言われて、心底がっかりしたことがあります。 だって、ワタクシがお話しした解決法は、 ワタクシ自身が経験したことだったんですから。(笑)
性別のせいで狭き門になっている分野はまだまだありますが、
それでも本当によく耳にするレベルでの

「女だから無理」

という話は、ほとんど無理じゃないことが多くて。。 だから、そういう理由づけにがっかりしてしまうワタクシは 「野心を持つ」 のは賛成。
でも、野心の方向性や強さ、執着度、
時にはかける経費や時間までも主張してくるような内容には
とても賛同できないのです。


そう思って見ていましたら。。。。


そういう本に振り回されて心が病んだ方が
心療系クリニックの門を叩くケースが続出したのだとか。
今度は、そういう精神医学面からの主張が支持されました。

曰く、

「現状でも特に文句の無かった人たちが、  『このままでいいの?』と自問自答した結果、  問題があるような氣がしてきて、  夢に強制チャレンジさせられ、  叶わず脱落して心が病む。  もう夢なんか持たなくても良いんですよ。」

的な内容。(ワタクシの解釈です)
なぜそう両極端ですか。。。。( ̄▽ ̄;)


夢に挑戦するのは良いことだと思います。

でもそれは、現在の生活を破壊してやることではないでしょう。
また、現在の生活を否定してやることでもないでしょう。
せだと思っていた自分の生活が、
実はとんでもないものなんじゃ?(現状否定による出発)

あぁ、人間として、真の一流の女として生きるには
大きな挑戦をしなければ!(規模強制)

仕事を成功させなければ!(方向性強制)
 そんなものねぇ。。。。( ̄▽ ̄;)


別に、仕事で成功したいという希望を持っていたわけでもなく、
現状を嘆いているわけでもない人が強制挑戦させられて、
上手くいくと思いますか?


人の幸せは千差万別。

興味のある分野も、望む規模も、合ったペースも
人の数だけありますのに。
ワタクシは、自分を含めて人が進む道に、
年齢や性別の障害で何かを諦めるということは
極端に少なくあってほしいと思います。


だから、何かの野心や夢や希望や目標なんて、
大人になったっていつまでもフレッシュに持っていたら良いと考えます。
ワタクシにとって最重要なのは、
「夢・希望・目標・野心を持つ」ことであって、
「全てを短期間で実現させること」ではありません。


日本人は、多数派に染まっていないと
不安になり過ぎる傾向がありますが、
(ワタクシがならなさ過ぎるということは
 認めるにしても)


「普通、何歳ではこういう経験積んでて、  このくらいの貯金があって、  このくらいの資格や学歴があって。。」

という、正体不明の「普通」と自分とが合致しない要素を 見つけて振り回されてしまうようです。
ワタクシも、そんな風に語られる「普通」からは
かなりの部分で逸脱していると思いますが。


ワタクシは「普通さん」という人ではなく
「フェムト」という人間ですので全く構いません♪
この辺の「普通信仰」は、いろんなところで
歪をもたらしますわね。

誰しも「普通さん」になり切ることなんか出来ないのに、
「普通さん」と自分との違いを見つけて心配になるなんて。


そしてまた、「普通さん像」には流行もあるので、
そこでも振り回されてしまいますのね。。
流行本の主張は、とにかく極端です。

2冊の本を並べると、


「デカい夢、野心を追え!特に仕事!!」 「しんどかったら、もう夢なんか持つな。」

ですか。。。。
夢と言ってしまえば大きなことのように感じますが、
要するに「やりたいこと」でしょう。


「あ、あれやってみたい。」


が、人生の中で多い方が楽しそうじゃありませんか?

そして、それを極めるところまで行っていなくても、
何かに興味持ってトライ中の人って、生き生きしていませんか?

それはその分充実しますものね☆
その、「あれ、やってみたい。」を見つける度に、
現状否定しなきゃいけない理由が、どこにあるんです?( ̄▽ ̄;)


今も幸せ。 でも、もっと幸せになろう!

これじゃいけないのかしら? ワタクシがお話しする開運も、まさにこのスタンスなのですが。
「幸せ」を願うのは、必ずしも現状が不幸だからではありません。
(部分否定)

大概の場合、「もっと♪」と欲があるから。

その欲こそが、人生を膨らませるエネルギーですしね☆


こういう感情を、つついて混乱させる人っているのです。

つまり

「幸せになりたいと思うってことは、
 今あなたが仮に幸せと思っている生活は実は。。」

と、論理学の初歩が出来ていない意見が活字になったり。
「逆必ずしも真ならず」という原則を知らない、
もっともらしいだけの意見を真に受けて
振り回されるのはもったいないですわ。


望んでいない方向の夢を持たなければいけないことはないし、
それで疲れる人間は夢持っちゃいけないわけでもないでしょう?
ワタクシたちは、極端論の書籍が語らない
中庸の道を行きましょう。


今の幸せを肯定して、自分の感性を研ぎ澄ませて
いろんなことに興味を持って、
やりたいことに自分らしく挑戦していきましょう♪
上手く回せば、毎日何か新しいことをひとつやってみるだけでも、
積み重ねは大きいのですから☆


例えば、
「今日は今まで読んでいなかった新聞コーナーに目を通した。」

「本屋さんで、今まで全く興味のなかった堅苦しいコーナーの
 タイトルだけいろいろ見てみた。」

「いつもと違う駅で降りてみた。
 新しい道や、行ってみたいお店を見つけた。」

「早速そのお店に行ってみた。」

こういうことが、「精進」のひとつになり得るのですわ♪
仕事はもちろん、友人や家族との話題で、

「●●って知ってる?」

「あぁ、知ってる!
 この間たまたま新しいお店に入ったらそういうのがあった♪」

という具合に、引き出しが増えます。

引き出しの多さは、それこそ仕事はもちろん、
解決能力の引き上げ要素にもなりますからね☆
精進、成長は一生かけてやるものなんで、
蟻の一歩でも、とにかく積み重ねることが
思わぬ自分の財産になりますね!


すべては繋がっていて、 偶然はないのです!

いスパンで大きな結果を狙って、 それがダメなら人生の根本自体に影響するような 「夢持って疲れるなら、夢持たなかったら。。」 という提案に乗っていたら、それこそ疲れませんか?(笑) 日々、一切の夢を持たずに生きている人の目を想像して、 それで果たして幸せと言えるのかどうか。。です。

れというのは、エネルギーを使ったら起こる現象なんであって 絶対悪いというものでもないでしょう☆ それが絶対に悪いものなら、人はどうして趣味でスポーツしたり 住み慣れたところから出て旅行したりするのか。。です。 疲れには、心地よい疲労や充実感も含まれますからね。

れることをひたすら恐れて 「夢持たなかったらいいんじゃない?」と考えるのは、 真の人生の目標=幸せからはずれた結論では?と思います。 マラソン選手にならないなら、最初から一切走らない方がいい? いや、目的が世界記録ではなくて、 走っている時の景色や、自分の中の筋肉の反応の心地よさや、 風を切る氣持ち良さや。。という自分なりの目的があったら、 立派に充実しているでのはないかしらね☆

的が世界記録なんだったら、すなわち肉体の限界への挑戦でしょう。 でも、自分なりの楽しみのためにやってみる。。ことだったら、 心地よい疲労と、充実感のバランスの良さが 幸福感を生む土台になると思いますわ♪

状に満足しないということは、 現状を否定することなんじゃなくて。。 現状肯定+アルファの欲。 そう考えます。 「今幸せだから、ずっと何も変わらずこのままで。。」 というのは、現状肯定に聞こえますが、 実は将来否定だと思いますのよ。 今、ちょっと何か違うことをやってみることで 広がったはずの可能性を自ら閉ざすこと。

れなら、「今も幸せ。でも、将来の可能性はもっと広い♪」 という考えで生きていく方が、ワタクシは好きです。 欲があるから人間。 というのは、宗教学の最初に学んだことでした。 自分なりの欲を大事に育てて、人生持久走のゴールあたりで どんな結果を出していくかを期待しつつペース配分を守って走ってみたら。。 道々で出会う景色の美しさ、人の優しさ、そういうものに触れつつ、 楽しく走っていく持久走の方が楽しそうですわ☆

距離走を押し付けて、 「普通、100m11秒前半じゃないと、  スタートラインに立つ資格も無いでしょ。  ちなみに私は9秒で走りましたけどね~♪」 的な言葉に焦る必要はないですわね。(笑)

さらな話ではありますが、ブームは作られるものです。 ショッキングな切り口が話題になりやすいので、 一般にはフィットしない極論が横行することになります。 極論が横行すると、それがその時の「普通さん像」の要素になりますから、 自分との違いが増えて見えて心配になりがちです。

も、スタートがアウトでしょ。 作られた「普通さん像」です。 心配はいりません☆ 誰かに 「普通さぁ。。」 的な切り口で理不尽(←ここ重要)なことを言われたら、

「その普通概念は、何で決まったことなの?」

と返すのを定番にしても良いくらいだと思いますわ。 目標はシンプルに「幸せアップ」です。 「楽すること」は、後でツケが来ますが、 「幸せ」のツケ回収はありませんから、断然「幸せアップ」が目標。 それを見失わず、自分なりの精進を重ねましょう♪