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何でも出来る | 開運の極意!裏話 | 開運パワーストーンアクセサリー Magic Wands(マジックワンズ)

開運の極意!裏話

何でも出来る

ワタクシ、 「どうしてそんなに何でも出来るの?」 と驚かれます。 大変ありがたいことです。嬉しいことです。 でも本当は何もできないところからスタートしているんですのよ。
生まれた時なんか、何も出来ませんでしたからね。
当たり前。


それどころか、大腿骨の形状異常というトラブルを抱えるワタクシは
普通の子が出来ることが出来なかったのです。
赤ちゃんの写真ってオムツしている写真は
皆ガニマタでしょう?

それが普通ですしワタクシには可愛く見えます。

でもワタクシの赤ちゃんの頃の写真は
脚がまっすぐ伸びていますのよ。
それこそベビーベッドの上でモデルみたいにびしっと
脚を伸ばした赤ちゃん。


大腿骨の先端の形状がおかしいからこそ
そんなことになっているのです。

要するに。ガニマタになんかしたくても出来ない。
手術その他の経験を挟んでも、形状は修正なしで
年齢を重ねましたが、結果

「信じられない」

と周囲が呆れるレベルの体の固さ。

幼少期から現在までずっとです。
幼少期なんか、大リーガー養成ギプスみたいなものをつけていたので、
身動きも取れず。。ですわよ。


何が言いたいのかって、ワタクシはゼロからのスタートではなく
マイナスからのスタートの方が多かったということ。
ただ、人生を振り返った時に思い当る
自分の行動選択のポリシーのひとつに

「ものすごく苦手なことや嫌いなことをやる。
 しかも続ける。」

というのがありました。
昆虫が嫌い。とにかく嫌い!

 ↓

なんでこんなに嫌ってしまうんだろう。
詳しく知ってみよう。

 ↓

学校の先生が飼育法を聞きに来るくらいに
小学校でも有名な存在に。
「虫博士」と呼ばれるようになる。
歌うのが嫌い。
学校で練習なんか始まると拘束時間長いし、
指導も厳しいから苦手。

 ↓

拘束時間が短かったら、その代わりに
何で人生を充実させると提案出来るのかしら?

単に無意味に「自由」の看板を求めて
サボったり逃げたりする理由付けにしていないか?

 ↓

10年イタリアで声楽をやった音楽の先生にスカウトされて
合唱メンバー入り。(中学時代)
以後、コンクール入賞常連チームに。
料理嫌い!面倒だし作っても美味しくない!
所詮は素人だから!(←小学生)

 ↓

でも、美味しいものを食べるのは好きなんだし、
美味しいものを自分で作れるようになるのは合理的じゃない?

 ↓

素人とプロが入り混じる全国選抜の
某料理コンテストでグランプリ獲得。
語学なんてあり得ない!暗記物嫌い!
数字は永遠に見ていられる。データ解析こそ幸せ!

 ↓

語学が暗記からのアプローチしか出来ないって
思い込みじゃないの?
方程式みたいに解けるかも。。

 ↓

大学で特殊語学を専攻。
挙げていけばキリがないのですが、
多くの方が知っていることも申し上げましょう。


ワタクシはフラメンコが苦手だったのです。
なぜ苦手だったのかって、人前で踊らなければいけないから。

自己表現というものに関して、
言葉を使うことで人生を作って来たワタクシは、
体を使った自己表現は意味不明。

特に、ある程度のお手本や振付があって、
そこに自分の解釈を加えていく舞踊の世界は相当苦手。
何せ、「誰もワタクシを見ようとしないで」というくらいに
視線恐怖症になっていたのですから、
人前で踊るなんてとんでもない!


人前でしゃべるのも表現するのも、一生縁が無い方が楽!!

・・・・なのにフラメンコ歴24年です。
人生の課題としては、これが一番苦心したもので、
フラメンコ歴15年くらいから「楽しいかも♪」に変化。


つい先日、人生では先輩でフラメンコでは後輩にあたる方に

「いつも楽しそう!」
「あなたってば、フラメンコをやるために生まれてきたような姿だものね。」

と言われましたのよ。
そう言えば「フラメンコをやるために生まれてきたような外見」という表現、
5年ほど前にも別の方から頂いたことがあります。


きっとそれより前には、自分の中の一定の線を克服していなかったのでしょう。

氣がついたら、人前で踊ることへの抵抗は少なくとも昔ほどではなく、
人前で話すことも大して苦痛でもなく、
多くの方に見られていてもそんなに大変でもなく。。
踊りというものは、

「本当にこんなに激しく体使うの?」
「そんな表現、大袈裟だと思われない?」
「空回り感が出ない?」
「やり過ぎ~恥ずかしい人って思われない?」

みたいな、余計な自意識が動きを制限してきます。
動きを洗練させるために練習するのに、
自意識がスタート地点からずらしていって邪魔する感じ。


この過剰な自意識との戦いが出来るのが
舞踊の良いところでしょう。
自我と戦っている間に、フラメンコの開運要素が見えてきて、
実は東洋哲学の開運リズムにピタリと合致することや
陰陽バランスを見事に取ってしまう動きやリズムであること。

陰陽バランスを取るからには、能力開花の舞でもあること。

その他もろもろの開運要素に氣づくと、
「ワタクシがやるのは当たり前」になっていきましたけれどね。
もしかして、自分が常に苦手なことをひとつは
日常の行動に取り込むという姿勢に氣づいてからは
少し意識するようになりました。


最近は、

「裁縫が激苦手なワタクシは立体裁断の服が縫えない。」

の打破。
フラメンコの新曲の練習に、体にフィットするベストが必要だったので、
立体裁断の型紙を購入してラインを修正して製作。


多くの方に
「すごい練習着!まるであつらえたみたいね!どこで見つけたの?」
と言って頂けました。
苦手だったのではなく、実は面倒で手抜きし過ぎて失敗していた
ということがよく分かるベスト作り。

徹底して丁寧に作るということを心がけたら、
まぁ何とか形になったレベルのものにはなりました。
そして今、生まれつき体が硬いのは当たり前と、
親も言い自分でも思ってきたことに挑戦しています。


つまり柔軟さ。

嫌いだし苦手でしたが、フラメンコで担当する曲が
どうにも年々柔軟さと筋力を要求してくるので。
結果、まだまだ一般の方からすれば硬いのですけれど、
ワタクシの人生では最も柔軟な状態になってきました。


継続すれば、もっと自分の人生での奇跡に遭遇するかもしれません。
苦手なこと、嫌いなことから逃げるのは簡単。
だけどそれはワタクシには「負け」を意味することだったのでしょう。


しつこさと諦めの悪さには定評があるので、
ただただ取り組み続けると、それこそ石の上にも三年。

続けてきたことは、平均以上のスキル評価を頂けるようになるものです。
最初から何でも出来る人なんていませんよね。確かにそうですね。
継続は力なり。


すべては繋がっていて、
偶然はないのです!
えてみれば、パソコンも苦手だったはず。

いや、そもそも文章だって読むのが好きで書くのは嫌いだったはずなのに、
小学生時代に担任に書くことを個人的に強制された結果、
今のワタクシがいます。

当時の担任の先生は、ものすごく大きな能力財産をワタクシにくれたのだと
しみじみ思いますわ。


の「書き続ける」修業は、終わりが見えない鍛錬に対する
自分の心の姿勢の作り方まで教えたのでしょう。

そうでなければ、「楽しいかも」と思い始めるレベルに来るまでの15年で
フラメンコから逃げ出して、結果として自分のことを好きになれない要素を
そのまま温存していたことでしょうね。


世紀生きてきたので、苦手なことに取り組む時間もいっぱいあった。

ワタクシが「どうしてそんなに何でも出来るの?」と言って頂けている
その理由は、それだけのことだと思うのです。

つまりは、誰にでも出来ることをやってきただけ。
特殊能力じゃありません。



れからの人生も、苦手なことを取り入れながら
じわじわ改革を進めていくのでしょう。

何せこれは、出来ないことが出来るようになった時の爽快感がセットですから。